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ESSAY

別れたあとも、出会いは続いている。

Nico。が九つの歌に残したいもの

Nico。

執筆日:

誰かと離れたあと、その人の言い方で笑っている自分に気づく。

もう隣にはいないのに、ふとした瞬間、その人が見ていたものの見方で、世界を見ている。忘れたと思っていた時間が、ひとつの言葉や、部屋に差し込む光の角度から、急にこちらを向く。

人との関係には、始まりや終わりと呼べる日があります。けれど、その関係が自分の中に残すものには、きれいな区切りがないのかもしれません。

私はNico。という名前で、作詞・作曲・歌唱をしています。歌の中にあるのは、出会いと別れ、愛と喪失、日常への苛立ち、そして、そのたびに少しずつ形を変えていく自分です。

音楽のページには、「出会うたび、僕は少しずつ僕になる。」という言葉を置いています。

ここでいう出会いには、ずっと大切にしたいものも、思い返すと痛むものもあります。受け取った言葉を、そのまま信じ続けられるとは限らない。それでも、出会う前の自分には戻れない。そんな変化の途中に、私の歌はあります。

今日は、公開している曲と、これから届けたい曲をあわせた九つの作品を通して、私が音楽の中で見つめていることを書いてみたいと思います。

1 心が追いつくまでの時間

『静かな風に。』には、誰かを待っている時間が流れています。

静かな風に。 ジャケット
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静かな風に。

別れたことは分かっている。もう同じ日々には戻れないことも、頭では理解している。それでも、身体はまだ、あの人がいた暮らしの続きを生きている。何かが終わったと知ることと、心の中でそれが終わることの間には、長い時間が横たわることがあります。

この曲に残っているのは、特別な記念日よりも、ありのままでいられた日々の心地よさです。カーテンのない部屋で笑ったこと。そばにいることが自然だったこと。相手の癖や言葉が、自分の中に移っていること。

失うまで、その温もりを、ひとつずつ数えてはいなかったのだと思います。だから、失ったあとで初めて、その大きさではなく、暮らしのどれほど細かな場所にあったのかを知る。

私はこの曲を考えるとき、歌と言葉の間に、静けさを残すことを大切にしていました。弾き語りを軸に、音を重ねすぎず、温かさと切なさが同じ場所にいられるように。気持ちが揺れている時間を、音楽の力で急いで結論へ運ばないようにしたかったのです。

歌詞には、割れたガラスで手を切ったあと、自分に声をかけるような一節があります。

「でも大丈夫 治るから、いつか。」

その「いつか」には、日付がありません。元気になれる時期も、次に誰かを好きになれる日も分からない。ただ、今ある痛みが、これからのすべてではないかもしれない。そのくらいの小さな見通しなら、手の中に置いておける気がします。

一方で、『夜明けの記憶』は、記憶をひとつずつ手放そうとする歌です。忘れれば軽くなるのだろうか。そう問いながら、すぐに「忘れないで」という声が出てくる。

夜明けの記憶 ジャケット
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夜明けの記憶

「それでいいのか」「それがいいのか」「これでいいのか」。似ている言葉を言い直すたびに、心の向きが少し変わります。相手にとってよいことと、自分が耐えられることが、同じ場所にない。そのずれを、言葉が何度も確かめているように思います。

色褪せたピアス、青い絨毯、寒いセーター。物は、関係が変わったからといって、一緒に消えてはくれません。いつもの部屋にいるだけで、終わったはずの時間に触れてしまう。

私は、こうした感情を、矛盾しているからという理由で整えたくありません。忘れたい朝と、覚えていてほしい夜があって、そのどちらも、そのときの本当なのだと思うからです。

『静かな風に。』では待ち続け、『夜明けの記憶』では断ち切ろうとする。二つの歌は違う方向を向きながら、心がまだ追いついていない同じ時間のそばにいます。

2 ふたりで描いた未来を どう抱えて生きるか

『ふたりのままでは』で描いているのは、分かっていても願ってしまう気持ちです。

ふたりのままでは ジャケット
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ふたりのままでは

一緒にはいられないと知ることが、好きだった時間まで消してくれるわけではありません。約束を交わした夜も、信じていた未来も、そのときには確かにあった。あとから違う結末に着いたとしても、あのときの真剣さまで、なかったことにはしたくないと思います。

曲の中には、さよならの前に抱きしめ合う場面があります。駅の改札には冷たい風が吹いている。離れることを決める言葉よりも、腕に残った温もりのほうが、長く身体にとどまるのかもしれません。

この歌で遠ざかっていくのは、相手だけではありません。二人で思い描いていた、まだ訪れていない時間も遠ざかっていく。思い出せる過去と、一度も生きられなかった未来を、同時に失うような感覚です。

歌詞に繰り返し現れる空は、はるかに見え、やがて霞んでいきます。その空に向かって歩いていた自分まで、置き去りにしてしまいそうになる。忘れたふりで進んでも、想いは夜明けのほうへこぼれていく。

制作の構想では、ゆっくりとした流れと、懐かしさのある優しい響きを考えていました。悲しさの中にも、抱きしめた時間の温度を残したかった。痛みだけで語ると、なぜその人を大切に思ったのかが、遠くなってしまう気がするからです。

そこから、もう一度相手に出会う場面へ進むのが、『これからは違う形で』です。

これからは違う形で ジャケット
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これからは違う形で

もう自分の未来にはいないと思っていた人が、目の前で笑う。薄れていくはずだった記憶に、知らなかった色が加わる。再会した相手は、思い出の中に閉じ込めていた姿のままではなく、会わなかった時間を生きてきた人です。

この曲では、過去に戻れるだろうかという問いが、戻れたらとは思わない、という言葉へ変わっていきます。その変化を、私は大事にしています。

離れていた時間に、それぞれの暮らしがあって、夢があって、以前とは違う考え方になった部分もある。それらを抱えた今の二人として、これからを考える。前と同じ形であることだけが、愛が続く条件ではないのだと思います。

手紙に残っていた言葉に、照れくさくても感謝を伝える。もう分かっているだろうと省いてきた言葉を、今の声で渡してみる。この歌の未来は、そうした小さな動作から始まっています。

『ふたりのままでは』で失われた未来と、『これからは違う形で』で見つけ直す未来。その二つを並べると、関係をどう呼ぶか以上に、今、目の前にいる人をどう大切にするかを、私は考えているのだと感じます。

3 優しくなれない自分も 歌の中にいる

誰かを大切に思う歌を書く一方で、自分にも人にも優しくなれない声も、私の曲の中にあります。

『グッバイ俺。』には、うまく笑ってやり過ごすことへの苛立ちがあります。何も考えていないように振る舞えば、生きやすいのかもしれない。そう言いながら、その振る舞いをしている自分にも、嫌気が差している。

グッバイ俺。 ジャケット
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グッバイ俺。

夜の町から部屋へ戻り、朝四時の天井を見ている。時計は進んでいるのに、自分だけが同じところに取り残されているように感じる。その場面には、誰かを責めるだけでは収まらないものがあります。

世の中への不満を口にしていた声が、鏡に映る自分へ向かう。かつて見下していた人の強さに気づく。自分もまた、誰かを雑に見ていたのだと分かる。その瞬間、怒りの中に、情けなさが混ざってきます。

私は、この歌を、きれいな決意の言葉だけで終わらせたくありません。題名にある別れの言葉を言ったあと、どんな自分になるのかは書かれていない。変わりたい気持ちも、もう疲れたという気持ちも、その声から聞こえてくるからです。

制作時に考えていたのは、呟くような言葉から、張りつめた声へ向かう流れでした。輪郭の鋭い音や、低いところからせり上がる感覚。長く余韻を整えるよりも、言い放った言葉が、その場所に残るような終わり方を考えていました。

そして、『バイオリズム』にも、思いどおりにならない自分がいます。

バイオリズム ジャケット
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バイオリズム

なりたい姿は鮮やかに見えるのに、今日の自分はそこまで届かない。遠い夢を見ている間にも、日常は進んでいく。気づけば知らない駅に着いていて、少しだけ受け入れてみる。大きな理想と、小さく続いていく生活が、同じ歌の中にあります。

乾いた希望や将来に、牡丹を生けるという情景を、私はこの曲の中でも大切に感じています。何かを成し遂げる前にも、今いる場所に美しいものを置くことはできる。先の見えなさの中で、目の前にあるものに手を伸ばす動きとして、読み返しています。

ただ、この歌は自分をいたわるところで終わりません。最後には、泣いて、恨んで、叫んだ日々から目をそらすな、と呼びかける。その厳しさも、思いどおりにならない自分を見捨てたくない気持ちと、つながっているように思います。

二つの曲にいる自分は、立派ではありません。それでも、そういう自分の声を歌に残すことで、明るい言葉だけでは触れられない場所に、近づけるのではないかと思っています。

4 景色に触れると 言えなかったことが動き出す

私の歌には、部屋や駅、海や花が繰り返し出てきます。

感情の名前だけでは、伝えきれないものがあると感じています。同じ寂しさでも、明るい部屋で感じるものと、冷たい改札の前で感じるものは違う。どこにいて、何に触れていたのか。その輪郭をたどると、言葉にする前の気持ちに、少し近づける気がします。

『夕焼けの波の唄』には、江ノ島の空と、白く光る波があります。

夕焼けの波の唄 ジャケット
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夕焼けの波の唄

毎日のように繰り返される夕方の色を、受け入れられない気持ちから歌は始まります。仕方がないという言葉で、自分の行く先まで決まってしまうのは嫌だ。その気持ちを抱えたまま、海の前に立っている。

やがて、波の音が呼吸を教えてくれる。過去を捨て、自分を受け入れたとしても、まだ足掻いていたい。その願いは、海の上を飛ぶトンビへと重なっていきます。

ここでの景色は、すべてを解決してくれるわけではありません。それでも、海を見ている間に、呼吸の仕方が少し変わる。問題は同じ場所にあっても、その前に立つ身体が、さっきとは少し違っている。そのくらいの変化を、私は歌の中で大切にしたいと思います。

夕方の光が沈むと、遠くに夜の灯りが見えてくる。ひとつの明るさが去ったあと、別の場所に明るさがある。曲の構想でも、波の満ち引きのような流れと、懐かしい温度を考えていました。歌が終わったあとにも、見ていた景色が、聴いた人の中に残っていたらと思います。

まだレコーディング前の『花よ。』では、雪の街に花が置かれています。

花よ。 ジャケット
Coming Soon未レコーディング

花よ。

花束は季節が巡れば枯れてしまう。それを知っていても、枯れないでと呼びかける。自分には止められない変化の前で、言わずにはいられない願いがあります。

部屋も、服も、靴も残っているのに、声だけが遠い。思い出を持っていることと、もう一度その人に会えることは違う。その隔たりの中で、今も声を聞きたいと願う気持ちが、この歌には残っています。

やがて、花への呼びかけは、歌への呼びかけに変わります。咲いてほしいと願っていた声が、響いてほしいと願う声になる。自分の日々や夜を捧げたいほどの想いを、届くかどうかも分からないまま、歌に託していく。

終わりに置いたのは、「いつか、笑えるまで。」という言葉です。

その日が来ると決めつけることはできません。ただ、今は笑えない人の時間にも、明日は訪れる。悲しみを抱えたまま迎える朝の、その先に、まだ書かれていない時間を残しておきたいと思います。

5 出会いの先で 私は少しずつ私になる

公開を予定している『また、どこかで。』は、ここまでの曲の間を流れていたものに、もう一度触れるような歌です。

また、どこかで。 ジャケット
Coming Soon

また、どこかで。

誰かの口癖が、いつの間にか自分の声になっている。教わった習慣が、暮らしの中に残っている。砂に書いた名前は波に消されても、誰かと過ごした時間は、思いがけないところに姿を変えて現れる。

人との出会いが自分をつくっていく、というと、支えてくれた人や、優しい言葉を思い浮かべやすいかもしれません。けれど、この歌には、痛い言葉も出てきます。

救われた言葉と、傷ついた言葉が、同じ自分の中で息をしている。その事実には、簡単には片づけられないものがあります。傷ついたことに無理に意味を与えなくてもいい。それでも、今の自分の感じ方や、ためらいの中に、その声が残っていることはある。

私は、残った言葉をどう受け取り直すか、これからどんな言葉を自分に渡していくかを、歌いながら考えているのだと思います。相手がもう隣にいなくても、その問いは続いています。

曲の中では、何者かになろうとしていた昔の自分にも目を向けます。今なら少し違う言葉を渡せる気がする。でも、その言葉を、あの頃の自分が喜ぶとは限らない。必死に手を伸ばしていた自分には、自分なりの理由があったはずだからです。

昔の自分を、今の自分の答えで簡単に納得させられない。その距離にも、私は優しさを持っていたいと思います。

ずっと隣にいなくても、同じ道を選ばなくても、出会ったことが続いていく。それぞれの場所で別の景色を見て、もしまた道が重なったなら、昔みたいにくだらないことで笑えたらいい。未来を決めすぎない、そのくらいの願いを、最後に置いています。

私が大切にしている「Life is about Creating Yourself」という言葉も、音楽の中では、こうした時間につながっています。

自分をつくる、というと、強い意志で理想の姿へ近づいていく様子を思い浮かべるかもしれません。でも、誰かの何気ない言葉に立ち止まったことや、離れてから初めて分かったこと、思いどおりに進めなかった日々も、自分の形を変えていく。その途中で、何を大切にして生きたいかを選び直すことがあるのだと思います。

九つの歌を並べても、私は、きれいな成長の物語にはならないと感じています。別れを受け入れたように見える歌のあとで、また待ち続ける歌に戻ってもいい。前を向いた翌日に、同じ記憶で立ち止まることもある。そうやって揺れる時間に、何度でも聴ける歌があればと思います。

そして、歌の中にいる「君」は、聴いてくれる人の記憶の中で、私の知らない誰かになる。その人と過ごした部屋も、別れた駅も、きっと歌詞に書いた場所とは違う。それでも、ひとつの言葉が、思い出すための小さな入口になるかもしれません。

そこに、聴く人自身の時間が入る余白を残しておきたい。

誰かを忘れきれない日も、自分が嫌になる朝も、久しぶりに見た海がきれいだった日も。そのときの気持ちを、すぐに正しい形に直さずに、しばらく置いておける場所として、私の歌があったらうれしいです。

別れたあとも、出会いは続いている。

もう会わないかもしれない人から受け取ったものを、今日の私は、何気なく誰かへ渡しているのかもしれません。そうして変わり続ける自分の声で、私はまた、歌をつくっていきたいと思います。

各曲の歌詞や背景は、Nico。の公式音楽ページにまとめています。公開中の楽曲へのリンクと、これから届ける作品も掲載しています。